ラオウは言いました。
「この世紀末乱世を治めるには圧倒的な力が必要なのだ」「それがラオウ伝説だ」
一見すると、(ああなるほど。そうだよね。その通りだ。‥‥)と同意しそうな内容です。でも、そこが大問題に・・・
今の世の中は働き手を各分野が取り合っています。有望な青年などに自分の会社が選ばれるよう「働き方改革」を各社は競って打ち出しています。
教育界も例外ではありません。
部活動の指導は行わない、勤務時間厳守により登下校指導は行わない、勤務時間後の電話は対応しないなど、現場では「定額働かせ放題」と揶揄される残業代の支給や勤務条件などの改善に取り組み始めています。
ところが、ここで暴走する話をよく聞くのです。
それは働き方改革を錦の御旗に掲げて、学校がこれまで大事にしてきた行事や諸活動を取りやめる、または縮小するケースがずいぶん増えているらしいのです。
昭和世代と平成世代間の価値観の違いでしょうか。私たちはできる限り自分の事情より、こどもの成長を優先して仕事をしてきた自負があります。はじめにこどもありきでした。
今の若い世代の人たちは、まず自分の生活ありき、こども不在の教育観に見えるというのは、言い過ぎでしょうか。
複雑化する課題に対処するためには教員一人ひとりの力量UPは欠かせませんが、あなたたち本当にそれで大丈夫?
休日に自腹を切って研修会に参加したり、研究修養に精を出したりしている若手や中堅教員は校内で何%を占めるの?
そう尋ねてみたいものです。
不登校、いじめ、体罰、虐待、学力保障、学級づくり、授業づくり、保護者対応など課題山積の現況を改善していくために必要な『公教育の未来予想図』を描けない現在の現場の力不足。これが3つ目の理由です。
教員の教育に対する認識、教育力、人間力(人間性)が公教育の未来を危うくしているのは極めて残念です。
(続きます。次回はまとめになります。)
2023.09.19〜20