世界に平和をもたらすのは

「あなた」だけとのメッセージをアメリカ大統領に笑みをたたえて世界中のカメラの前で述べたのは日本の首相でした。

あれから数週間経ち、イランとアメリカの関係がとてつもなく緊張しています。初めての二国間対面協議も先日打ち切りになりました。

首相が頼みとしているドナルドは日替わりで発言内容が変わります。本当に世界平和をもたらすのはドナルドだけなのでしょうか。大統領の言葉と首相のメッセージ。それらを私たちは信じて良いのでしょうか?

私はそう思いません。ある方がブログで、もし日本が外国に攻め入れられたら、あなたは大事な人を守るために戦いますかと言う問いを投げかけられていました。外国から攻撃されるのは最終段階です。万事手を尽くしてどうしようもなくなったら、私も老兵ながら義勇軍に参加すると思います。多くの国民はそうすると思います。

しかし、そういう事態を招かないために政府は平時から外交交渉に力を注いでおくことが肝要だと思います。

最悪のケースに陥ってから判断をするのではなくて、事前の準備が最も重視されなければなりません。平和憲法を今こそ活かす。そのためには平時の弛まぬ活動を、私たち一般大衆も続けることが重要です。それはお互いの人権を尊重することや、命こそ宝などの価値観をあらためて認識し共有できるよう、新鮮な「空気」を創りだし供給することではないかと考えます。

昨日高市首相はアメリカとイランの仲介に動いたパキスタンの首相と電話会談したそうですが、今回の結果を踏まえて日本側の希望を建前どおりに述べたと報道されています。このパキスタンの動きをなぜ日本政府が取れなかったのか、いや、取らなかったのか。残念でなりません。小国パキスタンの今回の堂々とした熱量ある立ち居振る舞いの前に日本国首相の言動はあまりに空疎すぎます。報道によると、その首相は12日に自民党大会で「日本人の手による自主的な憲法改正は党是だ。時は来た」と主張したとのこと。

日本に平和をもたらすのは誰?

その言葉を胸に秘めて、今こそ新しい「空気」を一人ひとりが創りだすときです。

勝っても負けても(新版)

真夏の暑さからさわやかな秋の空気感にかわり、みなさん一人ひとりがこれまでに培ってきた力が見える形で現れ始めたようですね。AB CDチームそれぞれが勝っても負けてもワクワクするような野球をこれからも見せてくれるとうれしいです。

ところでAチームのみなさんは6年生が卒業卒団するというBCDチームにはない事情がありますね。

チームの力が高まれば高まるほど「もっとこのメンバーで野球をしたい」という気持ちが強くなってくることでしょう。でも一日一日練習や試合にみんなで取り組むことは卒団の日へ歩みを進めることでもあります。

このパラドックスをどう考えたらいいでしょうか。

卒業卒団なんて無ければ矛盾なんてないのにと思いますか。今の楽しい時間が永遠に続くことは本当に自分やチームの力を一層高めるでしょうか。

私は次のように考えます。

卒業卒団ラインがあるから、仲間と一緒に高め合う残りの時間はより一層煌めくと。

Aチームのみなさんはもとより、BCDチームのみなさんのこれからの練習や試合を大事にした笑顔の野球を楽しみにしています。

野球が好きなこどもたちへ

暑い毎日が続きます。お子さんたちの活動の様子をこのブログで毎回楽しく拝見しています。ありがとうございます。

さて選手の皆さん。皆さんはどうしてこの暑いなか野球の練習や試合に参加しているのですか。エアコンのついた部屋で勉強やゲームなどしている方が楽なのに。わざわざしんどいことをするためにグラウンドへ出かけるのは辛くないですか。おじさんなら全休でしょう。

皆さんはどうして頑張れるのですか?

①練習に行かないと誰かに怒られるから(親、コーチ、友だち)

②試合に勝ちたいから

③野球が好きだから

④その他

①は怒られなかったら休むということ

②は試合に勝てなくなったら休むということ

ブログを読む限り、この2つに当てはまる人はあまりいない気がするなぁ。あなたはどうですか?

③を選んだ人が予想では多い気がします。

ただ、野球が好きな理由は人それぞれでしょう。

野球をすることが好き、友達とプレイするのが好き、前の自分より上手になっていくことが好き、みんなが力を出し合ってチームが強くなっていくことが好き…

理由はそれぞれでもね、みんな野球が好きなんです。だから入部したのではなかったかな。

現在、試合で苦戦していることが多いけれどチームの前にまず自分を振り返ることが大事だとおじさんは思うのです。

例えば

自分の目標を持って練習に参加しているかな。

試合の後自分の成果と課題を整理しているかな。

などです。

あっそうだ!友だちのうまくなったところやがんばっているところを見つけて伝えてあげるのもいいね。

このような一人ひとりの努力がひとつに合わさってチームの力がついてくるような気がします。

チームの力が育ってきて、今度はチーム力を高める目標へと変化していきます。試合の勝ち負けは、その結果としてついてくるものとおじさんは考えていますが、あなたはどう思ったかな。

何度も言いますが、この酷暑の中自分から練習や試合に参加するだけで頭が下がります。

熱中症だけでなく他の病気などしないように、体調には充分気をつけて野球をしてください。これからの皆さんのますますの活躍を楽しみにしています。

力のあることば

戦後80年。今年も広島と長崎で、それぞれ8月6日と9日に平和祈念式典が行われた。

6日に何気なくテレビ中継を見ていると総理の挨拶が始まった。役人の原稿に沿って型通りの内容が淡々と話された。終末に差し掛かったとき、思いがけない言葉に驚いた。総理が次の一首を読み上げたからだ。

「太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり」。

公園前の緑地帯にある「原爆犠牲国民学校教師と子どもの碑」に刻まれた、歌人正田篠枝さんの歌である。

新聞によると総理は自分の言葉で自身の思いを伝えたいと草稿の段階で役人に話していたそうである。

正田さんの先の歌は以前から知られていたものであるが、この歌は多くの人の心には届かないとそのときの為政者たちは考えたのかもしれない。

しかしこの歌に詠まれた教師と児童との関係は現在のその関係にも一石を投じるものであると感じた人は多かったのではないだろうか。

長崎での挨拶では

『ねがわくば、この浦上をして世界最後の原子野たらしめたまえ。』

と、長崎医科大学被爆されながらも患者さんの手当てに奔走された

故・永井隆博士の言葉を引用した。

力のある言葉は、たとえ短くても、人の心に響き、心を揺さぶる。

そのことを改めて思い起こさせてくれた総理の挨拶文であった。

今週末15日は終戦記念日

全国戦没者追悼式で総理は何を語るのか。関心を持って見守りたい。

1秒が1年をこわす

20年ほど前の5年生版国語教科書に「1秒が1年をこわす」(伊藤和明)という説明文がありました

46億年かけて築いてきた地球環境が産業革命以降の人類による生産活動によって破壊されようとしていることを興味深くわかりやすく学べる書き下ろしの説明文でした

地球の歴史46億年を1 年と仮定するとこの200年間の産業活動期間は1秒に相当し、1年かかって築き上げたものをわずか一瞬の1秒で全てを破壊してしまうというものの見方考え方は5年生の子どもたちの頭と心に充分響きました。

この説明文の中で、筆者はこのままの産業活動を続けていくならば人類は自然から「しっぺ返し」を受けると書いてありました。

昨日は観測史上国内第一位の気温41.2度が兵庫県丹波市で観測されたそうです

また今年は梅雨明けが非常に早くこの夏の水不足が心配もされています。

振り返ってみると、ここ数年、気象に関しては毎年観測史上最も…の記録というフレーズが定番になりました 現在の地球に生きる私たちは既にしっぺ返しの渦中にいるのかもしれません

そう考えると未来は暗い感じがしますが、ある子どもさんがノートに書いた文章を今でも覚えています

要約すると「人間は自己中心的に振る舞ってこの地球をこわしてしまう直前まできてしまった。逆に言うと人類の科学力はそれぐらい大きな力を持っているということだ。その力を今度は地球環境を回復させる方向に働かせたら地球はこわれないかもしれない。人類が力を出し合えば、地球の未来は必ずしも暗いばかりではないと思う。」

大国が領土や地下資源の確保のために小国を攻撃している場合ではありません

今こそ叡智を集めて団結するときだと考えます

皆さんはどうお考えですか

 

道徳は必要ですが大事な事は

お互いの人権を尊重し生活していく上で、少なくとも最小限の道徳は必要です

これは現在の日本国憲法3つの柱(国民主権.基本的人権の尊重.平和主義)に基づいた道徳です 

戦前の日本は、大日本帝国憲法に基づいた道徳がいわゆる常識化していました

当時に現在の道徳的価値を持ち出しても理解される事はなかったと考えます

戦争中は非国民扱いされ差別迫害を受ける事は今年の朝ドラ(あんぱん)でも描かれていた通りです

私が今回の選挙で違和感を覚えたのは、その日本国憲法下で「日本人ファースト」に代表される排外主義を支持する人が予想以上に多かったことなのです

ナチスは、世界で最も民主的と言われたワイマール憲法下で生まれ政権を取りそれを棄却しました

一見、正しそうなスローガンは耳障りよく人々の心をくすぐります

自分が苦しい生活をしていればしているほど、誰かを否定することでの満足感は高まりやすいのは、人が陥りやすい性質なのかもしれません

それを強め圧力をかけるのが社会の空気感です

確かにいわゆる外国人問題はこれからの国際社会に生きる日本や日本人にとって問題ですがワンフレーズで解決する問題ではありません

この空気感に流されて行き着く先はどのような社会でしょうか

今の日本で声高に叫ばれるのは「生き抜く」力です

しかし戦後の日本がめざしたのは「生き合う」力ではなかったでしょうか

道徳は単独で社会に位置づいているわけではありません 

どのような道徳を必要としているかはその時代の社会の映し鏡だと思います

 

【戦後80年の2025年は日本史の一大転換点になるのではないか】これが今回の参議院選挙の結果から私が読んだ行間です

 

※  一文一段落 句読点略を基本にしています

久しぶりの投稿です

私は1960年(昭和35年)生まれです。戦後の混乱期が終わり高度経済成長期に育ちました

2025年から当時のことを振り返ってみますと次のことが見えてきました

2000年ごろまでは『行間を読む』ことが大事にされ平成令和の時代は『白黒はっきりさせる』ことが重視された(されている)ということです

私は昭和世代です。何か考えや思いを伝えるときは10の内6〜8を述べて余白を残しておき相手に行間を読んでもらい総合的に理解し合うという『言葉(心)』のキャッチボールをしてきたと思うのです

ところがこの近年は二項を対立させて曖昧さを認めない空気感が漂っていて息苦しさを感じずにはいられません

AかBか?正解があり単純に決められらる場合には有効な考え方ですが質の高い答えがAでもBでもないときはどうするのでしょう

目の前の混沌とした課題をAかBかと整理してもらうことはありがたいことのように思いますが先日の参議院選挙の結果を見てその整理の仕方に意図や意思が表れていることに気づいていない有権者の多さに驚きました

複雑な問題をシンプルにするとわかりやすくなった感じがして短兵急に答えをだしがちになります

教育勅語ではなく古典を含む質の高い文章をゆっくり読み『行間を読む』考えるトレーニングを大人は始めることが大事だと私は思います

今日から始めます