絵本の魅力 想像力を高める

前回までに絵本の魅力をさし絵とお話のおもしろさという側面から、私の考えをお話ししてきました。今回はその両面を合わせて考えてみました。

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絵本のお話はたいてい短いです。読み手の年齢層が低いため、ことばをできるだけ削ってお話を組み立てる必要があるからです。書き手は選りすぐりのことばを使って表現するのですが、読み手はお話のことばの量の少なさを補うため、知らず知らずのうちに想像力を働かせながら読んでいきます。さし絵はそれをアシストします。

良いさし絵は読み手に質の高い「イメージ体験」をもたらします。

例えば、立松和平の「海のいのち」(ポプラ社)には「瀬の主」と地元の漁師たちに伝えられる幻の魚の話が出てきます。そして、実際にものすごく大きな魚が一匹現れます。大魚=瀬の主とは書いてありません、切り詰めたことばや表現によって語られてきたそれまでの話の流れや大魚の描写から、読み手は『大魚=瀬の主』と想像しながら読んでいきます。

このとき「海のいのち」のさし絵を描いた画家 伊勢英子の大魚の絵が大きな仕事を果たしています。

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絵の下部に大魚が描いてあります。本文には大魚の大きさを表す表現は〈魚がえらを動かすたび、水が動くのがわかった。岩そのものが魚のようだった。全体は見えないのだが、150キロはとうにこえているだろう。〉とあるだけです。それを表わそうと伊勢は暗い色調で全体をぼかして表現しているのです。

そのため、読み手は題名をはじめとする他の表現を手がかりに大魚の大きさをイメージしていきます。イメージは十人十色です。算数や理科のように、体長○m、雌雄の別、重さ◯kgと一つの数値で表すことはナンセンスなのです。

イメージの世界を現実の世界に引き込んではいけません。その瞬間、それまで紡いできたイメージ、作品の世界など全てが粉々に壊れてしまうからです。

そしてたっぷりとイメージ体験した読み手は「大魚はやはり瀬の主だ。結末はこれでよかった!」など読後に納得感、満足感を味わい、「海のいのち」という物語からメッセージを受けとります。

絵本の世界は現実を踏まえ、現実を越えた自由な世界です。ことば・表現・絵を根拠に想像し、他のひとの感想なども参考にしながら、読み手は豊かなイメージ体験をしていきます。その過程で読み手の想像力が高められることは、絵本の大きな魅力です。

                                                     2023.09.05~06