「天才観測」1 つんく(前編)

 

朝日新聞連載 天才観測とは
将棋の藤井聡太八冠、大リーグMVPの大谷翔平選手。前人未到の境地を切りひらく「天才」の活躍に沸く日が続きます。天才が社会にもたらすもの、人々が天才に託すもの、現代の天才について考えます。

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成功のためには才能よりも大事なものがある。オーディションで幾多の才能を見てきた音楽のつんく♂さんは、近著「凡人が天才に勝つ方法」で才能論を説いた。

肌身で感じた様々な才能、能力を伸ばす指導法、努力の必要性の有無……。天才的プロデューサーに才能について尋ねた。

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 ――歌手としても、プロデューサーとしても、多くのヒット曲を手がけられています。つんく♂さんは天才ではないのでしょうか?

 結論から言うと、僕は天才ではありません」

 「小学生の時にスイミングを習っていて、学校ではみんなから『速い速い』と言われていたけど、大阪大会になると予選落ち。中学では陸上をやって毎日のように練習したけど、大阪大会では決勝に残れるかどうかでメダルには届かない。勉強も塾に通わせてもらったけど、全国模試を受けると上位にいろんなやつがいてごく普通の成績。何をやってもこの程度かよと思っていました」

 「楽器は中学の頃から本格的に始めましたが、高校は1学年が1千人超のマンモス校。それだけいると楽器やる人もたくさんいて、本当に上手なすごいやつもいて、ここでも僕は普通なんです。もう色んな壁にぶつかって、甲子園からプロ野球に進むやつはすごいなぁ、東大や京大に入るやつはやっぱり全然違うんやろなぁと単純にリスペクトしていました」

 ――ミリオンセラーを連発していた時も「普通」だと思っていたのですか?

数をたくさん作ったことでコツをつかんだようなもので、天才的な才能というものではなかったと思います。曲がひらめくなんていうこともなくて、絞り出すようにしてとにかく作っていました」

 「20歳過ぎで芸能界入りして、いろんな才能と出会い、もまれて、なんだかんだで三十数年が過ぎました。振り返ってみると、よくうまいこと食べてこられたなと思う自分がいます。この世界でも自分は普通だなと感じる場面が何度もありました。坂本龍一さんと一緒に仕事をさせてもらった時なんか、僕とははるかに違う才能を感じました」

 ――逆にプロデューサーの立場として、オーディションで一目見たときに「この子は天才だ」と感じた人はいたのでしょうか?

「いたかいないかで言うと、たぶんいたと思います。あやふやな言い方になってしまうのは、『モーニング娘。』はクラスのどこにでもいるちょっとかわいい子というプロジェクトだったので、突き抜けた才能の持ち主がいたら逆になじまない。だから僕は採らなかったんです」

 「天才かどうかの結論は誰にも分からないとして、初めて松浦亜弥の声を聴いたときすごいと思った。彼女が14歳ぐらいの時ですね。あたまの10秒ほど聴いた時に、『この年でこんなに安定して歌える子がいるんや、この声をレコーディングできるんや』とゾクゾク感とワクワク感がありました」

 「後藤真希がオーディションに来た時の確認画面を見た瞬間、へえ~こんな子がおったんや。よっしゃ、次のモーニング娘。はイケる!という感覚がありました」

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 ――そうした才能をどのように伸ばしたのでしょうか?古くはスパルタトレーニングがあり、最近はあえて教えすぎないという風潮もあります。

 「僕は褒めるタイプでもなければ、ビシビシ鍛えるタイプでもないんですよ。メンバーがテレビとかに出演すると褒める人はたくさん出てくるので、僕は逆に褒めすぎないように気をつけていました」

 「ちなみにダンスを指導した夏まゆみ先生は、メンバーとの距離の詰め方が上手でしたね。テレビでは厳しい面が強調されていましたけどむしろよく褒めていて、アメとムチの使い分けが上手だった印象です」

「じゃあ僕の役目はなにかというと、全体をよく見て納得感を大事にするようにしています。曲の立ち位置などを決める時も、『今のあの子ならしゃあない』と周囲が納得できるメンバーを選んでたつもりです。いくら実力や人気があっても、『ここ最近伸びていないな~』という印象の子は少し下げて、『今回のツアー中に調子をあげてるな~、伸びてるな~』という印象の子は前に出します。こういうのはメンバーが一番肌で実感してるんじゃないかと思います。納得してるんじゃないかな、と」

 ――才能と努力の関係はどのように考えていますか?(後編に続きます)